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2017年02月03日(金) 

今日は菩提寺(上総国 富田 釈量山 鑑智院 光明寺)

の「節分厄払い護摩法要・豆まき」
で厄払い(昨年は前立腺肥大で悶絶の苦しみという災厄に見舞われた)をしてきた。

このお寺は三つ葉葵

の紋を使える由緒あるお寺。

本堂の中の厄除大師の間

これは、法華経の中の観音経の最後にある一節で

「福聚の海は無量なり」

と読むそうである。

意味は

「観音菩薩とは大海のように無量無限の福徳を持って衆生のために垂れ給うご存在である」

から、「南無観世音菩薩」とお名を唱えるべきである

ということだそうである。

 

法要では、御札と福升を護摩の炎にかざしで厄を払い

最後に、

「福わうち 福わうち 鬼は外」

と叫びながら豆をまき、さらに福餅をまいて

吉祥祈願をした。

これで安泰が保証されたわけではないだろうが

気持ち的にはほっとしたのであった。

 


閲覧数3,469 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2017/02/03 18:32
公開範囲外部公開
コメント(4)
時系列表示返信表示日付順
  • 2017/02/03 20:08
    浜砂さん
    光明寺さんはご立派なお寺さんですね。
    七福神めぐりで何度か以前にはお参りさせていただきました。
    ありがとうございます。
    次項有
  • 2017/02/03 21:14
    > 浜砂さん
    コメントありがとうございます。
    このお寺、檀家の数が半端でな無いのです。でも、私が小学生のとき(今の本堂が在るところが小学校でした。)はこれほど立派ではありませんでした。立派にしたのは先代の住職が檀信徒の協力を取り付けて昭和50年代に再建したのです。
    次項有
  • 2017/02/03 20:12
    山武市 神社・仏閣巡礼で一度参拝させてもらいました、植木の手入れ又、清掃の行き届いた境内が記憶にあります。
    次項有
  • 2017/02/03 21:29
    > GOGOおやじさん
    コメントありがとうございます。ご存知かもしれませんが、徳川家康がこの地に鷹狩こ来た時、このお寺の近くに今でも在るお家に産まれた子供がこのお寺の小僧でした。その時家康はその小僧の賢さに感銘しました。その小僧が天海大僧正の弟子亮運大僧正(当時厳海)です。亮運大僧正は家康や大多喜城主本多忠朝との信頼厚く、上野寛永寺学頭となって家光の師となったことで特に知られています。その縁で三つ葉葵のもんが使用できますし、山門は上野寛永寺から移築したものだそうです。亮運大僧正は「浪の伊八」で有名な夷隅の行元寺にもゆかりがあります。
    次項有
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