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2012年01月17日(火) 

今日は阪神淡路大震災から17年。

そしてもうすぐ3.11から1年。

 

神戸の震災のときに生まれた子供はもう17歳なんですね。早いものです。

千葉でも小さな地震がまたこのところ多くなっているので、ちょうど良い機会でもありますので災害・防災情報をあらためて考えてみました。

ちょうど3.11のとき、私は山武のあららぎ館にいて、何がどうなったやらわからなくて、とにかく情報を収集しようと思いました。車に家庭用バッテリーへの変換機があったことを思い出して、携帯とパソコンを充電しながら、なんとかネットにはつながったので、情報収集してSNSやツイッターにアップするということをしばらく続けていましたが、その記録が生生しく残っています。

http://sammu-sns.jp/bbs/bbs_tree.php?ps=12&pl=0&s=&…&bbs_id=15

 

山武SNSの防災のコミュニティに、ひたすら書き込んでいました。

あちこちから情報を収集して、掲載する。探しては、読み込んで掲載する、の連続。FMのパーソナリティがデスクを動けなかったのと同じように、パソコンの前から動けなかったです。

でも当時は、まだ防災のコミュニティは外部に公開はしていたのですが、外から探して見えるようにはなっていなかったと思います。現在はSNS利用者でなくても、ここの防災のコミュニティは見えるようになっています。避難所マップなどもありますので。

 

ここに書き込んだような情報をリアルタイムに、多くの人に伝えるには、災害時はこれが音声になるといいなと思いました。コミュニティFMのようなものです。

書き込んでいた情報は、まさにFMなどでリアルタイムに流すことができれば、ネットができない人達にもおなじように情報が伝わる。

 

SNSをベースに、色々なメディアに流してゆくというのも一つの考え方だと改めて思います。

 

映像、音声、ネット、・・・色々なメディアがミックスされて、多くの人々に同じように情報が伝わる・・そんな環境が、いつか山武にも来ることを願って。。

 

神戸の震災のときは・・・当日は出張で広島にいたのですが、なんと、前日神戸におりました。その後、やはり被災地に行きました。今から思うとまだまだ情報機器がそんなに十分じゃなくて、現地の声を伝えるのが大変だったような。ただ、ひたすら物資の仕分けをしたり、壊れた親戚の家に片付けにいったりと、安全靴を履いて歩きまわっていたような記憶があります。。。お亡くなりになった方々のことを思い・・合掌


閲覧数2,830 カテゴリ日記 コメント6 投稿日時2012/01/17 15:03
公開範囲外部公開
コメント(6)
時系列表示返信表示日付順
  • 2012/01/17 20:20
    さとう正さん
    映像・音声・ネット・・・いろいろメディアがミックス
    されて、多くの人々に同じ様に情報が伝わる・・・・・

    必ず来ますよ!
    次項有
  • 2012/01/17 22:12
    浜砂さん
    大地震の直後から紫さんは、情報の受発信で大活躍でしたですね。
    素晴らしいことです。ありがとうございます。
    今晩もNHKテレビで釜石の小学生の避難状況『釜石の奇跡』を改めて放送しておりましたが、すばらしいことでしたですね。
    日頃の訓練と危機意識の認識で運命が分かれるわけですから、非常に重要かつ大切なことです。
    山武も何とか前進しなければなりませんですね。
    次項有
  • 2012/01/18 07:45
    昨晩のHNKクローズアップ現代で
    釜石の184人の小学生が日頃からの防災教育
    のおかげで下校後にもかかわらずそれぞれが
    大人顔負けの判断と行動力で人を頼らず、自分の判断で津波から非難し全員無事だったという検証番組をやっていました。

    津波てんでんこ・・・いざというときはてんでんこに
    逃げる=日頃から家族の信頼感と絆があればバラバラの状況でも非難ができているだろうという安心感が生まれるという考えが子供たちに浸透していた結果の行動が身を救ったのです。

    まさに浜砂さんがおっしゃるように
    日頃から防災教育や訓練、情報をいち早く収集できる環境作りなどが重要だと痛感しました。

    ちなみに大震災の日は念のため高齢の母を連れ非難して一晩車の中で過ごしましたが、次の日電気が普及するまで、行政側での情報の伝達はなにもなく、余震が繰り返す中、真っ暗な駐車場で不安な夜を過ごしました。
    次項有
  • 2012/01/18 10:04
    鉛筆紫の上さん
    > さとう正さん
    ますは企画を考えなきゃいけないなと思っているのですが、なかなかゆっくり頭を巡らせる時間がなくて困っています。ちょっと雲隠れしたほうがよさそう・・(笑)
    次項有
  • 2012/01/18 10:06
    鉛筆紫の上さん
    > 浜砂さん
    情報発信も、私一人がやっていては何もならないと思うんです。地域の色々な方が、それぞれの場所の状況を伝える。。そういう形になってゆけばいいなと思うんですけど、実際は、震災時は逃げるのが精いっぱいだと思います。なので、その周りの人間が情報発信しなければと思います。
    次項有
  • 2012/01/18 10:11
    鉛筆紫の上さん
    > 夜明けの海さん
    日頃の意識と訓練、これはとても大切ですね。海沿いは津波に、山は土砂崩れや山津波に備えて、こんなときはどうするって、身体に覚えさせておかねばならないなと思いました。今日は、うちの隣の小学校を津波が来る想定でうちのマンションの高層階へ逃がすという訓練です。すぐそばが海なので、内房とはいえ何が起こるかわかりません。今回の訓練は、学校と地域のマンションの自治会で話し合って自主的にやりました。行政はほとんど絡んでいません。道路があるので許可をいただいたくらいかと思います。これも、みんなの自然な発想から出た訓練なんです。小学校が海に近い、どこに逃げる? 高いところ? 学校のまわりのマンション・・これからは逃げるルートなどに表示をするなど、課題はたくさんあります。地域でできることをやってゆこうというところです。
    次項有
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