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2013年01月17日(木) 

今日は阪神淡路大震災から18年目。

 

18年前、何をしていたか。

 

前々日まで出張で神戸に宿泊していて、震災前日神戸を出て広島へ。

電車から見る瀬戸内海がちょっと変な感じだった。海にモヤのようなものが漂い、そのときは変な天気だな・・くらいにしか思わなかったのだが、あれも何かの前兆の現象だったのかと思う。

 

当日、広島で神戸の街のとんでもない様子を知り、友人や親戚などたくさんいるので、かたっぱしから連絡するも、連絡が取れず。。。

とりあえず会社に連絡を入れると、とにかく大阪へゆけと。。

実家に連絡しようとしても電話は繋がらないし、当時はインターネットもそんなに普及していたわけではない。パソコン通信だった。

会社では、神戸周辺の顧客への支援ということで、営業・SEいろんなメンバーがかき集められ、対応にあたることに。会社がビジネスホテルなどを手配。宿舎となった。

私も宝塚にいた親戚の家も心配だったが、とにかく支援活動を開始せねばと、動きにくいビジネススーツとハイヒールをやめて、実家にいた弟からジーンズとスニーカー、山登り用のリュックなどを持ってきてもらう。

 

それからは・・・

 

行けるところまでいって、神戸までみんなで歩く。。

そこで見た光景は今でも忘れない。

 

長田の商店街はとんでもないことになっていた。

潰れた家もたくさんあった。

阪神高速道路が倒れていた。

埋立地は液状化していた。

行き場を失った人々が途方に暮れていた。

助けられなかった人がたくさんいた。。。。

 

被害の大きいところと、そうでもないところの差がすごかった。

 

あの日生まれた子供がもう18歳。

 

早いもの・・・

 

でも、あの時の経験は東北支援に生かされたのだろうか。。

支援物資の送り方などは、受け入れた時のことを思い出してなるべくわかりやすく、状態の良いものを選んで送る・・その他色々・・

 

リアルな戦場は知らないが、戦場とはまさにあのときの様子だったのかもしれない。

 

祈りを。。犠牲になられた人々のために祈りを。。


閲覧数2,597 カテゴリ日記 コメント9 投稿日時2013/01/17 16:05
公開範囲外部公開
コメント(9)
時系列表示返信表示日付順
  • 2013/01/17 22:17
    私の母の姉は長田町の商店街で魚屋をしていました。
    夫を早くになくし女一人で営んでいた店をなくしましたが、無事でした。
    連絡がつくまではヘリコプターの映像で店が無くなっていることが先にわかったので、命があっただけでも良かったと思いましたが、それからが大変だったようです。災害は本当に怖いです。
    次項有
  • 2013/01/17 22:23
    はぜさん
    今日テレビで見てました 18年
    時はどんどん過ぎて忘れられていくのかと思っていましたが、当時3ヶ月の子が18才になり母親が自分を守ってくれた話をし皆が安全に生活できるように勉強をして防災の役に立ちたいと話していました。親子共にすばらしい!!
    次項有
  • 2013/01/18 09:12
    こうちゃんさん
    年月が経過すると薄れてゆく記憶、忘れてはならない事柄数多くありますね。今日紫の上さんのブログで改めて防災そして支援の絆の大切さを痛感しました。
    次項有
  • 2013/01/18 10:49
    当時、神戸在住の友達に連絡がとれずに慌てたことがありました。幸いにも他の友達から無事の連絡が入り安心しました。
    多くの人が火災で亡くなりました。
    昨日は、鎮魂の気持ちで過ごしました。
    次項有
  • 2013/01/18 18:19
    鉛筆紫の上さん
    > くろばばさん
    そうでしたか・・。本当に大変な状況でした。復興までは、それぞれやはり大変な思いをしなければなりませんでしたね。。今はお店はやっておられるのでしょうか。。
    次項有
  • 2013/01/18 18:21
    鉛筆紫の上さん
    > はぜさん
    つい昨日のことのようなのに、もう18年も経ったのか・・という感じです。
    TVでも、今年18歳になる少年が、消防士になりたいと話していました。子供達も、大きな心の傷を負ったなか、しっかり自分たちの遭遇したことと向き合っているのでしょうか。。
    次項有
  • 2013/01/18 18:24
    鉛筆紫の上さん
    > こうちゃんさん
    大きな災害、本当に天の配剤とでも言うのでしょうか。
    阪神淡路・・そして東日本・・
    地震国の日本は、どこでどういうことになってもおかしくない。。日頃の備えと人の絆が本当に大切なのだと思います。
    次項有
  • 2013/01/18 18:26
    鉛筆紫の上さん
    > モーグリさん
    火災がひどかったです。消防車も通れない状態で、消火作業もなかなかできない。。多くの方たちが残念なことに亡くなってしまいました。町のありかた、災害が起こったときの動き方、そんなこともあの時に始めて色々とわかったことでした。
    次項有
  • 2013/01/19 12:47
     過ぎ去りし年月18年。
    あの朝、「おばちゃん、テレビ見て!」甥っ子からの
    電話に、、、終生わすれない始まりでした。
     その頃、紫さんは関西にいらっしゃったのですね。
    書かれている文面に、状況がひしひしと伝わり、生かされている自分を考えます。
    次項有
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